アストラル八幡クリニック

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シュタイナー医学通信 (その1)

シュタイナー医学通信 (その1)

 今回、シュタイナー医学について、ご紹介したいと思います。
  
 シュタイナーに関して:「シュタイナー教育」という名前は聞くことがあると思いますが、そこでシュタイナーとは人の名前なのですが、では一体どんな人物だったのか?
 西洋の「神秘学」に関する本をみていると、その歴史の最後の方で、つまり近~現代の方で、シュタイナーが出てきます。
「20世紀最大のオカルティスト」などという表現もあるようです。
 その活動の範囲は・・哲学、評論、教育、医学、農業、芸術、霊的指導者、その他・・・。
 ではシュタイナーの伝記について:シュタイナーは、1861年に生まれ、1925年に亡くなりました。
つまり100年位前の人物ですね。居住の範囲は、現在のクロアチア、~オーストリア~ドイツ~スイス、という感じだったようです。
 シュタイナーは、幼いころから、霊的、超感覚的な世界に、かなり敏感だったようです。
で、中~高生の時期には、幾何学、古典の語学(ギリシャ語、ラテン語とか)、哲学などに興味が強かったようです。
つまり、理系も文系も含めて、頭の中で考えることが好きだったようですね。
 18歳でウィーン工科大学に入学。
また、そのころ、19世紀末のウィーンにて、さまざまな社交的「サロン」にも顔を出して、色々な人々と出会ったようです。
20歳代、ゲーテを研究、ゲーテといえば文豪、という感じですが、自然科学者でもあった様で、このゲーテ的自然観察、というものはシュタイナーの特徴のひとつともなっています。30歳代、ワイマールからベルリンに居住、雑誌の編集者などをしていました。
 1900年、女性神秘家、ブラバッキー夫人の、「神智学協会」に入会。40歳代以降のシュタイナーは、指導者としての活動を本格化させました。著作を発表、学校の創設、医学、農業、芸術、etcに関わり、各地を超・多数回講演して周っていたとのことです。
1913年、神智学協会を脱退、「人智学(アントロポゾフィー)協会」を設立。1919年、シュツットガルトに最初のシュタイナー学校を開校。
 ・・・シュタイナーの生涯は、という感じです。

 ではまた、次回以降、何かとご紹介したいと思います。

2015-01-08 15:31:01

院長コラム